開講にあたって

つかまり立ちがやっとできるようになった頃、少し高いところにある物を取ろうと手を伸ばす子供。ふとその子の足元を見れば、親指2本だけで立っていた――ご両親はお子様のそんな姿をご覧になったことがあるかも知れません。

なぜ、その子は親指だけで立ち上がるのでしょうか?

それはきっと、その子が<手を伸ばした先の物を取りたかったから>でしょう。少し詳しく言えば、その子は<本心から>その物を取りたかったからに違いありません。

そうではなくて、その物に興味がない場合には、親がいくら優しくお願いしても、あるいは恐ろしい顔をして脅しても、その子は親指で立ち上がってくれないでしょう。子供に親指で立ち上がらせるためには、その子自身が、全身全霊をささげてでも、<立ち上がりたい>と本心から思う気持ち、つまり自発的に形成した意思が必要なのです。

幼児期を通じて、このように形成された意思(自発的意思)に基づく行動の先には、「集中現象」などと呼ばれる子供特有の集中的動作が現れます。このような動作の積み重ねは、やがてその子に飛躍的な成長・発達をもたらします。これに対して、<本心でない>動機、つまり自発的意思によらない行動の先には、無気力化、粗暴化といった目を覆いたくなるような悲惨な結末が待ち受けています。

ここで私は後者の<自発的意思によらない行動>のほうを例外(異常)のように書きましたが、わが国の子育ての現場を見れば、決して例外的なものではないことがわかります。子供の日常は、偽物の意思に基づく怪しげな行動で埋め尽くされています。これは、とてももったいなく、残念なことです。

さて、自発的な意思形成力に優れる子が育ったとして、一つ大きな問題をクリアしなければなりません。この問題は落とし穴のようで、大人の能力が試される場面でしょう。それは、その子の意思に基づく行為の、家庭的・社会的適合性の問題です。その子が自由意思に基づいて行動した結果が、家庭内で許容できないものだったり、あるいは社会的に不相当なものだったりしたら、その子の自由を認めることはできません。こうなると、親としては、子供の自由を奪うか、放任するかの選択を迫られ、いずれにせよ、良い状態にはなりません。

私たちの目標は、子供を自由にしておいても、「あの子は大丈夫です」と胸を張っていられる安定的状態です。つまり、その子独自の意思に任せておけば、その子は素晴らしい振る舞いをして、しばしば大人たちを驚かせるのです。私たちは、このような子を「できる子」「自立した子」と呼び、「優れた人格」と評価します。そして、この目標に向けた取り組みを、「教育」と呼んでいます。

子供が自立すれば、子育ては楽になります。自立には教育が必要です。教育には正しい理論とご両親の愛情が必要です。ご参加頂いたご家庭の子育てがみるみる楽になるように、私共も全身全霊をささげて参ります。お困りの際にはどのようなことでもご相談ください。より多くのご家庭のお役に立てることを願っています。(代表)

平成25年9月

子育てがみるみる楽になるメールマガジン」を配信しています。どうぞそちらもご参照ください。

 

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